まえがき
筆者は2003年8月、アメリカのNews Week誌から「老舗倒産」に関わるインタビューを受けた。その際に名前があがった企業は、2003年6月に倒産した明治15年創業の「福助」であった。確かに近年老舗企業の倒産が目をひく。ただし、この傾向は老舗看板にのみ頼り、経営努力を怠る企業は淘汰され、真の実力のある企業のみが生き残る時代へとシフトしていることを物語っている。なぜなら近年創業30年以上の企業の倒産はバブル最盛期の4.5倍に増加しているが、その反面創業10年未満の企業の倒産は半減しているからである。特に目立つ傾向は創業5年未満の企業の倒産がこの10年間で3分の1にまで減少しているという点である。足袋という限られた消費者をだけを相手にしていた企業は、いくら経営努力を行っても生きる術は残されていなかったのだろうか。
足袋で思い出されるのは、かつては足袋専門店として地下足袋の底にゴム底を貼り付ける技術を考案し、その技術を生かして現在タイヤメーカとして世界に製品を送り出している(株)ブリジストンである。また、今はほとんど使われなくなった万年筆のインク消しを、「ガンジー」というブランドで製造していた九十化成(株)は、今ではインク消しとは似て非なる修正液を、自社ブランドのみならずOEM製品として市場に提供しつづけている。これらの企業の例からもわかるとおり、独自の技術を発展させたり、また外部環境をうまく取り込むことができる企業のみが生きながらえることができるのである。
消費低迷を異なった視点から見れば、確かに、バブル経済最盛期と比較し企業が投資へ振り向ける資金は減少している。しかし企業の実態を調査すると、企業は資金が枯渇して「投資を行えない」のではなく、バブル経済の反省から「投資に慎重になっている」に過ぎず、その分の余剰資金を社内に蓄積し経済の行方をじっくり見守っている姿が浮かび上がってくる。実は、近年の経済力こそ真のわが国の経済力を現しているのではないだろうか。消費量が適正水準に戻りつつあるにもかかわらず過去の栄華やバブル経済期が忘れられずに「いつか売れるかもしれない」夢をいだき続ける老舗企業は淘汰され、堅実に経営管理を実行する企業は生き残る時代となっている。「企業倒産の責任を不況のせいにするのは、天気予報を聞いていない船長のようなものだ」と関西大学名誉教授の亀井利明先生がご著書『リスクマネジメント理論』の中で述べているように、同じ経済環境下にあっても生きながらえる企業と、破綻に至る企業がある以上、その兆候を外部者が捕らえることは不可能ではないはずである。
筆者は1980年代からわが国の企業倒産を研究し、倒産を予知するモデルを公表してきた。そして現在多くの金融機関が著者の開発した倒産予知モデルを実務に応用している。そのような中で倒産を予知する行為自体が「倒産のトリガーを引く行動」だとの意見も聞かれる。しかし、倒産予知モデルは「予知して未然に防ぐ」ことを目的として開発したものである。天気予報を聞かない船長には、天気予報の重要性を知ってもらい天気図の読み方を学んでもらうことで荷送人からの信頼を得るだけでなく、船長自らの命をも危険にさらさない術を会得して欲しいとの願いがこのモデルには込められている。
ちなみに、本書の内容は拙著『企業倒産予知モデル』(中央経済社)が元となっている。この書籍には、モデル開発のプロセスが詳細に述べられている。したがって「なぜSAF2002モデルが倒産予知に大きな力を発揮しうるか」については『企業倒産予知モデル』をご一読いただきたい。