第9回目 かくれた負債 その1

 

 前回から、負債とはどのようなものかを考えています。これまで、負債といえば決算書の貸借対照表に記載されている負債総額が、その会社の負っている債務の全てだと思っていた方もいるかもしれません。しかし、貸借対照表への負債の計上には、一部の引当金のように情報提供者側、つまりその財務諸表を作成した会社側の判断に委ねられているものがあるということや、現行の会計制度での負債と会社が社会的に負っている債務には若干のずれがあることも事実なのです。つまり会社が真に負っている債務額とは、どうやら貸借対照表上の負債総額だけではない場合もあるようなのです。しかし、もしそうだとしたら、それは重大なことです。なぜなら、いつか財務諸表上にあらわれていない債務が現実のものとなって、一気にのしかかってくることにでもなれば、会社はあえなく「つぶれて」しまうかもしれないからです。

 前回、財務諸表に現れない負債として、偶発事象の存在について述べました。そこで今回と次回に分けて偶発事象の代表格といえる債務保証について考えてみましょう。債務保証については、最近とみにマスコミをにぎあわせていますので、この言葉を何となく耳にしている方も多いと思います。また、このところ債務保証が原因で会社が「つぶれる」ケースが多発しています。そこで債務保証の仕組みをわかり易く説明します。

 

1 保証人と債務保証

 よく、友人から保証人になってくれないかと頼まれた、という話を耳にします。アパートを借りる時、ローンを申し込む時、未青年者がクレジットカードの申込みをする時など、日常生活のさまざまなシーンで保証人を要求されることがあります(欧米では保証人というシステムは一般的ではないようです)。保証人は、契約者本人が支払を怠った場合(家賃が長期に渡って未払いになる、ローンの返済が滞ったり返済不能となる等)に、契約者に代わってその債務を履行する義務を負うことになります。また、保証人を確保しておくことで、アパートの家主やローンを組む金融機関、クレジットカード会社などは、債権を回収できなくなるというリスクを最小限に留めようとしています。

 そこであなたが保証人を頼まれた時、どのような基準でそれを引き受けるでしょうか。また、保証人を引き受ける時には、その債務が実際に自分の身にふりかかってくる可能性をどの程度想定しているでしょうか。最近では、安易に保証人になる恐さについての認識も深まっていますから、よほどでなければ他人の保証人を引き受けるということはないでしょう。しかし、もし子供が大学へ通うためにアパートを借りたり、また兄弟から住宅の建築資金を金融機関から借入れるための保証人になって欲しいと依頼されれば、それらを当然のこととして引き受ける方も多いでしょう。

 これと同じことが会社にも言えるのです。むやみに他の会社の債務を保証する(つまり借金の肩代わりを約束する)ようなことはありませんが、子会社、グループ会社の借入金や取引上強い関係にある会社の借入金などについて、その債務を保証している会社を少なくありません。これは子会社などが、単独で借入れを行うには十分な信用を得られない(会社設立から間がない、担保資産が十分ではない等)場合に、金融機関が親会社や関係会社に対し債務の保証を依頼するからです。無論この場合、当の借入会社が債務の弁済不能に陥れば、債務を保証している会社がその肩代わりをしなければなりません。

 

2 債務保証は要注意

 債務保証先の会社が必ず支払不能に陥るというわけでもないのだから、単に債務を保証しているというだけで、その借金が全て自分の身に降りかかってくるかのように心配する必要はないのではと思う方もいらっしゃるでしょう。さて、これは本当に取越し苦労でしょうか。93年3月期の上場建設会社の債務保証実態調査では、ある大手ゼネコンは年間4,604億円の売上高に対し、6,687億円にも上るグループ企業の債務保証を抱えていました(1)。そして3年後の96年に7,400億円にまで膨れ上がった債務保証はグループ企業の破綻からこのゼネコンへ一気にのしかかってきました。このゼネコンは金融機関へ支援を仰ぐとともに、現在経営再建中です。つまり「つぶれる」寸前にあるのです。また、最近話題となった大手製薬会社の例はどうでしょう。96年10月に一部の幹部による元子会社への70億円の債務保証予約が発覚。この70億円は現在金融機関から返済を求められています。この会社は96年3月期で経常利益が82億円の規模の会社であり、突然年間利益の85%もの額の債務がのしかかってきたことになります(この会社は、その他480億円の債務保証及び保証予約を行っています(2))。金融機関の支援があれば「つぶれる」ことはないと思いますが、かなり厳しい状況であることに変わりはないでしょう。さらに、96年10月に会社整理を申請した日栄ファイナンスの例もあります。住宅ローンを申請する際、保証人を付ける代わりにローン保証会社に保証金を支払い、いざとなった時に肩代わりをしてもらうシステムは、今やあらゆる金融機関が取り入れています。日栄ファイナンスもそのようなローン保証会社の一つでした。つまり住宅ローンの債務保証を専門に行う会社だったのです。近年住宅ローンの焦げ付きが増える中で保証していた債務が現実のものとなって自らの身にのしかかり、経営が悪化し破綻に至りました。負債総額は約1700億円といわれていますが、債務保証分を含めるとその額は9,914億円にも上ると試算されています(3)

 

 これらの例でも明らかなように、金融機関が債務の保証を要求するということは、それだけ当の借入会社(人)の信用力、つまり返済能力が乏しいと判断されているからであり、債務が保証元へかぶってくる可能性はむしろ高いとも言えるのです。では、貸借対照表にあらわれない債務保証の情報は誰でも入手できるのでしょうか。次回は、この債務保証に係わる情報の入手とその評価について考えてみましょう。

 

注:

(1) 『92年度上場建設会社保証債務実態調査』、帝国データバンク、93年10月

(2) 『同社平成8年度有価証券報告書』、大蔵省印刷局、33頁、96年7月

(3)  朝日新聞、96年10月22日