第7回目 信用という名の資産
ビジネスを行う上で最も大切なものは、どのような業種にあっても「信用」ではないでしょうか。今回はこの「信用」が生み出す会社の資力(信用という名の資産)について考えてみましょう。取引先や契約先の経済力を判断する場合に、物的資産でその資金力を測ることは確かに合理的な評価につながるでしょう。しかし、例え物的資産に乏しくてもだから「つぶれ」易いとは言えません。また言い換えれば物的資産が充分にあっても信用という資産を失えば、あえなく「つぶれて」しまうことも有り得るのです。
1年間に銀行のミスによって手形が不渡りとなるケースが400件以上、これによる銀行取引停止報告が100件以上もあったという記録があります。銀行取引停止報告が流れれば、それだけで(例え誤報であっても)失う社会的信用は計り知れないほど大きなものとなります。実際のケースでは、この誤報が原因で取引先が一斉に手を引き「つぶれて」しまった(「つぶされて」しまった)ケースもありました。
1 信用と担保
わが国の金融機関は、融資に際し多くは物的担保を要求します。つまり担保となる資産が提供できない会社に対して、信用のみで融資を行うケースは非常に少ないと言えます。たとえ物的担保を提供しても、金融機関が設定した担保の信用限度額を超えれば、手形の割引にも応じてくれなくなります。もし会社自体に担保となる資産がない場合には、代表者個人の資産を担保として要求する、あるいは株主、親会社の資産を担保として要求する、また債務の保証をしかるべき関係者に要求することが一般的となっています。これに対し外国の金融機関は、経営者の資質と事業の有望性を融資の際の判断基準とする場合が多く、そこには物的資産はないが将来の成長が見込めるいわゆるベンチャー企業が育ち易い環境が整っています。このような実状を背景に、最近わが国の中小企業の中には、借入金のほとんどを外国の金融機関から調達することによって事業規模を拡大し、アジア諸国での上場を果たした会社も現われてきました。
また、わが国でも昨年7月に第二店頭市場が解禁となり、これまでの1株当りの税込み利益額が10円以上、かつ直前決算期末の純資産額が2億円以上という店頭登録基準に達していない企業でも、株式を店頭市場に公開できるようになりました。また今回の新基準では、実質利益水準は問わないとされていますから、成長が見込めれば赤字企業でも株式公開ができるようになったわけです。しかし、株式を店頭市場に公開するということは、不特定多数の人達が株を購入することになるわけですから、思ったほど会社が成長せず赤字のまますぐ「つぶれて」しまうのでは困ります。やはり成長性を確信できる情報は開示されるべきですし、信用を得るに足るだけのバックグラウンドは備わっている必要があるわけです。実際には、店頭公開の申請を引き受ける証券会社が、申請会社の将来性を評価することになっています。ところが新制度が発足して既に1年5ヶ月が経とうとしているにも拘わらず、未だ公開1号となる会社は現われていません。候補企業は30社以上あると言われている中で、第一号の登場が遅れている背景には、資産や売上の少ない会社の安全性や将来性、つまり信用度を評価することが大変難しいという事情があると思われます。
2 隠れた資産価値
決算書上には担保となりそうな高額な不動産なども見当たらないのに、多額の借入れを行っているような会社があります。しかも将来性もこれといって突出しているとも思えません。なぜそのような会社が多額の借入れができたのでしょうか。これは現行の会計制度が、取得原価基準という評価基準を採用して資産を評価しているからなのです。この評価基準では、毎期末の資産額は、期末時点での市場価額ではなく、あくまでその資産を実際に取得した時点の取引価額のままで計上されます(一部価格が低下した場合に洗い替えてある場合もあります)。つまり、100年前に10円で取得した土地は、10円のままで決算書に記載され続けています。またバブルの最盛期に10億円で購入した土地は、地価が半分になっても10億円の資産として計上され続けます。したがって決算書上の資産総額は、その会社の保有する資産の現在の実質的経済価値を表わしているわけではないのです。そこには、隠れた資産価値が含まれている場合もあれば、不良債権の基となった不動産のように、多額の含み損を抱えている場合もあるのです。したがって、これらの含みを当てに信用を供与するのであれば、価値変動を考慮しあまり長期に渡るような信用の供与は避けるべきでしょう。
2 会社は老舗でも「つぶれる」
古い会社程、信用できるとは思っていませんか。かつて会社は新しいほど「つぶれる」可能性が高いといわれていました。しかし最近の傾向は、どうやら違うようです。昨年の実績では操業10年〜30年以上までの会社を5年きざみで分類した場合、どの分類でもほぼ同数(2000件前後)の会社が「つぶれて」います。特にバブル崩壊後から老舗の会社が「つぶれる」ケースが増加してきており、昨年では1990年と比較して操業20年以上の会社が「つぶれる」ケースは2倍にも達しています。中には操業百年以上の会社が「つぶれた」ケースもありました。それに引き換え操業5年以下の会社が「つぶれる」ケースは半分以下に減少してきています。つまり、老舗だから、古いつきあいだから大丈夫と安心することは大変危険だということなのです。
信用という資産の評価には必ずリスクを伴います。特に経済環境の変化は、会計数字に現われないところで個々の会社に大きな影響を与えているのです。大切なことは、数字という動かし難い事実を踏まえながらその裏に潜む価値の変動にも適宜対応できる体制を整えておくことではないでしょうか。
され、これまでは資産にばかり目を向けていました。しかし収支適合性を評価するには、資産を把握するだけでなく、どのぐらいの負債(将来支出、返済を要するもの)を負っているかについても、客観的に評価できなければなりません。実はこの負債の評価も一筋縄ではいきません。次回からはこの負債に目を向けてみましょう。