第2回目 「勘定あって銭足らず」

 

 前回は、マスコミなどで使用されている「倒産」という言葉がさす状態と、我々が理解している会社が「つぶれた」という状態には隔たりがあるということを説明しました。そこで今回は我々が理解する会社が「つぶれた」という状態はどのような状態をさしていうのかについて考えてみましょう。それは、会社が「つぶれる」という状態を十分に理解していないと、取引先やひいては自分自身の「危ない」状態について認知しないまま、ずるずると悪化の道をたどってしまう恐れがあるからです。また、前回説明したようにマスコミ報道での「倒産」には、実際には会社は「つぶれて」いない場合をも含まれているわけですから、もし取引先がマスコミ報道されるような事態に陥ったとしても、どのような状態を「つぶれた」と判断するかの基準を明確にさえしておけば、皆さん自身でより慎重に相手先の状況を判断し適切な対応をとることが可能となるはずです。

 会社が「つぶれた」という言葉と同じように使われる言葉に、会社を「たたんだ」という表現があります。つまり、事業を継続できなくなった状態全てが会社が「つぶれた」という状態ではありません。しかも、会社が「つぶれた」という場合と会社を「たたんだ」という場合には少し違ったニュアンスがあり、会社を「つぶした」経営者には非難の目が集中し、会社を「たたんだ」経営者はさほど非難されることはないようです。一般の定義では、内整理は倒産のうち私的整理という分類として扱われると前回説明しましたが、内整理が行われる原因には、経営者の病気、死亡(1996年実績で全倒産件数の1.5%、236件)や経営者の様々な個人的理由による事業継続不可能な場合が含まれています。特に事業は順調だが後継者がいないことからやむをえず会社を精算する、というケースはここ数年増加傾向にあります。また、昨年の阪神大震災にみられるように大きな災害によって一度に全ての資産を失ったことから、事業継続を断念するケースも見られます。これらのケースではどちらかというと会社を「たたんだ」という表現が使われることが多いようです。無論会社を「つぶした」わけではなく「たたんだ」のであっても、後継者の育成や災害に十分対応できるだけの保険や資本の充実を図っておくなどの対策を講じておかなかった経営者の責任は、問われるべきものと思います。なぜならどのような経緯や理由にしろ1つの企業がその事業を継続できなくなるということは、大なり小なり社会に負担を強いることになるからです。

 会社を「たたむ」場合には、その会社が必ずしも財政的に破綻しているとはいえません。十分に残った資産で債務をきれいに精算してから解散登記を行うケースも多々あるからです。それに引き替え会社が「つぶれる」場合では、ほどんどが財務面での破綻に帰着するといえるでしょう。したがって、私的整理にせよ法的整理にせよまたどのような要因にしろ会社が「つぶれる」場合には、必ず債権者に経済的負担を強いることとなります。「勘定あって銭足らず」という表現がよく使われますが、この「銭足らず」の状態こそが、まさに会社が「つぶれた」状態を明確に表わしている表現といえます。

 会社が「銭足らず」になる要因にはどのようなものがあるでしょうか。まず大きな要因に売上げの減少があげられます。売上げが減少するということは、手元に流れてくるお金(インフローと呼びます)が減少することを意味します。ここで注意したいことは、売上げが減少することによって起こる変化は、手元に流れてくるお金の量が減少するだけでなく、お金の流れの速度までもが遅くなるということです。売上げの減少は、突然起こることは考えにくく、除々にこのような状態が進行します。これに対し、社員のお給料のような売上高に拘わらず必ず出費を必要とされる費用(固定費)については、出ていく速度が一定です(出ていくお金をアウトフローと呼びます)。したがって除々に、入ってくるお金の量とその流れの速度が遅くなることにより、一定の速度で出ていくお金とのバランスがとれなくなってくるのです。

 売上げの減少は「銭足らず」を引き起こす顕著な例ですが、実はこれと同じような現象は、売上が増加している場合でも、また売上高にさしたる変化がない場合でも、起こりうる可能性があります。なぜなら売上高は期間中(通常は1年間)を通した売上げの合計金額のみに注目したもので、実際のお金の流れについては考慮外においているからです。通常は売上げ時点に対し、その売上げが現実のお金となって手元に入ってくる時点には開きがありますし、売上げ時点が一定間隔でなければ、お金も一定間隔では手元に入ってこないこととなります。したがって、年間を通しての売上高は前年を上回っていたとしても、売上げのタイミングが狂うことによって「銭足らず」の状態に陥る可能性がいくらでもあるわけです。しかし、このような「銭足らず」の状態が続いても会社はすぐに「つぶれる」わけではありません。つまり、「銭足らず」の状態は一時的なものなわけですから、それを手持ち資金(ストックと呼びます)で切り抜けることさえできれば、事業継続は可能となります。また、手持ち資金がない場合でも、金融機関などの支援をうけられるのであれば、急場をしのぐことはできるはずです。不渡りを出す多くのケースは、ここでの資金繰りにつまずくことが一番の要因となっています。

 またバブル期では、別の現象がみられました。お金の流れる速度が早くなり、手元にお金が滞留しがちとなったのです。事業によるお金の流れではインフローとともに、必ずアウトフローが伴います。一時的にインフローのタイミングが、アウトフローのタイミングより早くなり手元にお金が滞留しても、それを全て消費してしまったのでは、近い将来発生するアウトフローへの資金が不足することは当然のことです。高級車や絵画の購入などに手元資金をつぎ込み、いくつかの企業がアウトフロー資金の不足により「つぶれて」いきました。

 このように、会社が「つぶれる」という状態は手持ち資金の不足によって事業継続が完全に不可能となった状態をさしています。決して損益で赤字を出すことが、すなわち「つぶれる」というわけではありません。またいくら黒字を出し続けていても会社が「つぶれる」ことは、往々にしてあり得るということです。フローの改善のみならず、会社にはいざというときの体力が必要とされています。そこで次回は、会社の体力について考えてみたいと思います。