12回 会社の社会的責任

 

会社が操業活動を営むということは、社会に対しさまざまな責任を負っているということでもあります。経営者は社会から求められている責任を果たすため、常に最善の努力を払うべきでしょう。会社の負っている社会的責任は、時には、会社を「つぶして」しまうほどの負担となってのしかかってくることがあります。しかし、このような社会的責任負担については、当時者である会社の内部者や経営者ですら事前に把握できない場合があります。まして外部者には、まったく予想もつかないでしょう。

時として会社は、このような社会的責任を全うするために、多額の資金を流出させる必要に迫られる場合があります。それは、これまで説明してきた負債を発生させるような事象とはまったく異なったものです。突然の資金流出が多額になれば、経営を圧迫し経営破綻をも導きかねません。したがって、取引先の会社がこのような危険にさらされる可能性については、常に年頭においておく必要があるでしょう。

では具体的にどような事象が挙げられるでしょうか。最近の事例から説明しましょう。

 

PL訴訟

  PL訴訟が会社の経営にいかに大きな影響を及ぼすかについては、昭和電工の「L−トリプトファン」を使用した健康食品の健康障害による訴訟の例を見れば明らかです。この健康食品を服用して健康障害を受けたという人の訴訟がアメリカで多発し、訴訟に対する弁護士費用や和解金の負担額は、最もその負担額の多かった1993年度で752億円にも達しました。この額は実に同社の同期における経常利益の10倍以上もの額となっています。これらの負担額は、特別損失として財務諸表に計上されていますが、1990年から1995年までに計上された損失累計額は2000億円以上にも上っています。

  新聞によって同社が販売する健康食品が健康障害を引き起こしていることが明らかにされた時点では、すでに大量の製品が販売されていました。結局この報道が引き金になり、多数の被害者が訴訟を起こしたのです。昭和電工は企業体力があったため、「つぶれる」までには至っていませんが、同社の未処理損失金は1996年6月末時点で260億円、しばらくは無配状態が続くものと思います。

 

メーカー責任

動燃のもんじゅ事故は、皆さんの記憶に新しいところだと思います。この事故は液体ナトリウムの入った一次主冷却系配管に差し込まれた温度計の先端部分が折れ、そこからナトリウムが外部へ漏れたために起きたとされています。この温度計の損傷について、動燃側では、温度計のメーカーに対し損害賠償を求めています。賠償額は億単位といわれていますが、本当にそれだけの負担ですむのでしょうか。メーカー側は設計ミスを認め賠償に応じる構えをみせています。実は、メーカー側が賠償を決定した後、温度計の本体を保護する管が何らかの外的衝撃によって変形していたことが明らかになり、動燃によるクレーンの誤操作などによる保護管の変形が温度計の損傷を引き起こしたのではないかとの見方もひろまっています。

いずれにしても、このような事故におけるメーカー責任としては、物的損害の賠償だけで済まされるとは思えず、被爆した作業員への生涯補償や周辺環境における二次災害への対応など、長期的な資金流出を求められる可能性もあります。この事故は、事故を起こした主体のみならず、使われていた計器、機器の製造メーカーにも責任追求が及んでだ例として、今後大きな影響を与えると思われます。

 

特許侵害訴訟

1997年3月、米国の製薬会社とわが国の東和薬品との間で特許侵害の訴訟に対する和解が成立しました。これは、東和薬品の製造していた抗生物質が、米国の製薬会社が特許を持つ抗生物質と同一製品であるとして提訴されていたものです。和解金は3億2000万円とされています。また、東和薬品側も無効審判を申し立てていましたので、和解金の他に弁護士費用の負担もかなりの額に上ったものと思われます。東和薬品は、わが国の中堅製薬会社ですが、和解金だけで年間利益の10%以上を負担することとなり、これだけの金額が一気に社外に流出する事態は経営に大きな影響を与えることは間違いないでしょう。特許侵害などのような権利侵害に対しては、欧米の企業は非常に厳しい態度で臨んでいます。研究開発に膨大な時間を費やした挙げ句に、他社から特許侵害で訴えられるというケースはこれまでもいくつかの事例が報告されています。また商標名やトレードマークに関する訴えもかなりの数にのぼると思われます。

 

これらの事例でみるように、PLやその他の訴訟などの多くは損害賠償というかたちで金銭的負担を当事者である会社に強いることになります。しかも、これらは一気に多額の資金を社外流出させることになるため、会社の経営に大きな影響を与えることになるのです。会社が「つぶれ」銭足らずの状態に陥る原因は、本業の失敗や債務保証のような他の債務の肩代わりをしなければならなくなった場合などの他にも、実にさまざまな場合が考えうることがおわかりいただけたと思います。

本年に入って米大手保険会社AIUが、セクシャルハラスメントや差別問題で会社や役職者が訴えられた場合の賠償費用を肩代わりする「雇用慣行賠償責任保険」を売り出したことは、皆さんもご存知のことと思います。しかも、この保険の引受けに際しては「日常的な防止対策を実施」していることが条件となっています。つまり大切なのは、日ごろの経営努力なのです。会社が社会的責任を全うするためには、事故が起こってから慌てて対処するのではなく、日ごろの経営管理が重要となってくるのです。したがって、皆さんの取引先がこのような事件に巻き込まれ、多大な負担を強いられる可能性があるかどうかは、日ごろの経営姿勢を観察すればよいのです。では、どのような面を観察すればよいのでしょうか。次回は会社の経営姿勢の評価について考えてみましょう。