11回 かくれた負債 その3

 

 会社が「つぶれる」とは、ほとんどが債務を履行できなくなることと同じです(一部の会社整理を除く)。しかし、会社が履行すべき債務については、その実態(もしくは時によっては存在すら)は、外部者には簡単に把握できないようです。債務保証のように、貸借対照表に現れないかくれた負債が存在するからです。では、債務保証のような偶発債務の他には、かくれた負債はないのでしょうか。

 

1 退職年金

 現在大手企業では、ほとんどが適格退職金制度や厚生年金基金制度を導入しており、このような会社では退職金はこれらの基金から支給されます。そこで、最近「つぶれた」いくつかの会社を調べてみると、これらの基金の従業員一人当たりの残高は、わずか45万円から250万円しかありませんでした。この額で全従業員の退職金がまかなえたのでしょうか。また、中小企業ではほとんどがこのような退職金制度や年金基金制度を取り入れていませんから、退職金費用を退職給与引当金という形で十分に確保しておかなければ、社員が大量に辞めたり、また会社が「つぶれた」場合、退職金もろくろく支払えないことになってしまいます。現在ほとんどの会社は、退職金費用を法人税法の規定にしたがって計上しているようです。法人税法では、期末現在において全従業員が自己都合で退職すると仮定した場合に必要となる金額(期末要支給額)を、個々の社員が本当に退職するであろうと予測される時点までの期間を一定の割引率を適用して割引き、それに期首の引当金額の利子相当分を合計した額を計上するように規定しています。しかし一方法人税法では、この割引後の額がどのような会社でも期末要支給額の半分に相当する額となることを前提としているため、会社によって必ずしもその実態に適合しない場合が生じてしまいます。社員の在職年数の構成は会社によって異なるわけですから、期間割引を行うとしても、割引後の額が画一的に2分の1になるとするのは、あまりにも無謀といえるでしょう。さらには、退職理由を自己都合に限定している点も問題です。退職金は自己都合による場合と会社都合による場合では、大幅に異なります。昨今では、働き盛りの社員を会社都合により大量に退職させるケースも続出しており、法人税法の規定による引当金額では、必要な退職金をまかなえなくなることが予想されます。

 では、将来払うべく退職金は会社にとって負債といえるのでしょうか。まず、労働協定や就業規則で退職金支給についての規定が定められていない会社については、この限りではありません。しかし、労働協定や就業規則に退職金支給の規定がある会社については、社員は退職に際し退職金請求権を有することになります。会社が「つぶれ」離職をよぎなくされた場合も同様です。退職金請求権の法的性質については、「履行期は到来するがそれがいつになるかは不明である」という不確定期限付債権であるとの解釈が通説となっています。また判例でも、退職金は後払賃金であるとの性格を持つとされていますから、すでに提供した労務に対し未払いになっている賃金であり、あきらかに会社が社員に対し負っている債務といえるでしょう。また、もしあなたの取引先が「つぶれ」そうになり、債権保全ためにその会社の資産差し押さえの申し立てをしたとしても、「退職手当及びその性質を有する給与に係る債権は、その給付額の4分の3に相当する部分については差し押さえが禁止」されていますから、高齢の社員が多い会社などでは、資産の多くを差し押さえできないという事態にもなりかねません。

 今後、社員の大量退職を控えた会社では、どの程度の退職金費用を確保しているかの観察も必要でしょう。「退職金倒産」という事態も起こらないとは限りません。

 

2  リース残額

 わが国では平成6年4月以降開始される事業年度から、「リース取引に係る会計基準」が適用されるようになりました。それまではリースで取得された資産は、いかなる場合も財務諸表上にはあらわれてこないものでした。資金を借入れて購入すれば資産として貸借対照表上に計上され借入金も負債に計上されるのに、リースで取得すればどこにもその姿が現れてこなかったのです。そこで買った場合と変わらない場合(中途解約ができず、購入と同額を払うだけでなく修繕費やそのほかの費用一切も負担する場合など)(1)で、その資産の所有権が借手に移転すると認められた場合は、貸借対照表上に資産として計上し、リース残額を負債として計上しなければならないことになりました。つまり、この基準が適用されたことにより、かくれた資産/負債であった「リース」が表にでてくるようになったのです。ただし、所有権が借手に移転しない場合や、リース契約1件当たりの金額が300万円未満の場合は、貸借対照表上には計上しなくてもよいことになっています。つまり問題はそこにあるのです。

 さて、少し現実的に考えてみましょう。ある会社でコピーのを数百台、パソコンを数百台リースで取得し事業を始めたとします。それらの機械類は全て300万円以下でしょうし、所有権は通常の契約ではリース会社にあることになります。したがって機械は資産として貸借対照表上に計上されないだけでなく、それらに対する支払いリース残額も負債としては計上されないことになります。さて、業績が思わしくなくなり、会社が「つぶれて」しまいました。機械はリース会社の所有物ですからリース会社は機械を引き上げます。では未経過のリース残額については、機械を返せば支払う必要はないのでしょうか。残念ながらリース残額についても、通常の負債のように支払わなければなりません。つまりリースは極めて金融行為(お金を借りた状態)に近いのです。しかし、その未払残額は貸借対照表に記載されていないのです。しかも所有権が移転されていないため、売却処分することもできません。上場企業の場合、所有権が移転しない契約では貸借対照表上への計上はしなくてよいことになっていますが、リース残額については注記という形で情報を開示することが義務づけられています。ただし、300万円以下の契約はこの限りではなく、また中小企業はこの開示の対照外となっています。したがって、資産の多くをリースによって取得している会社の場合は、貸借対照表に記載された負債総額の他にリース負債というかくれた負債があることも十分に認識しておく必要があるのです。

 

 さて、負債といっても実にさまざまなものが内在していることがおわかりいただけたと思います。実はこれらの他にも負債とは呼べませんが企業に多額の資金流出させる可能性を秘めた事象があります。次回はその企業に資金流出をさせる事象を考えてみましょう。

 

注:(1)コピー機を「リース」で購入し途中解約して新しい機種に交換する際「残額は払わなくて良い」と言われることがありますが、実際には残額は新しい機械のリース料に上乗せされています。一般でいうリースは、そのほとんどがファイナンス・リースと呼ばれる金融行為に近い形態といえます。