10回 かくれた負債 その2

 

前回は、かくれた負債として債務保証を取り上げ、その仕組みについて説明しました。仕組みを知ることは大切ですが、もっと重要なことは、その事実を、どのように把握すればよいのかを知ることです。もしあなたが、友達の保証人を引受けていたとしても、自分でその事実を口外しない限り、そのことは誰にもわかりません。また中には、家族に内緒で友人や親類の保証人を引き受けている人もいるかもしれません。保証人を引き受ける人は、その借金が自分の身に降りかかってくることなど絶対にないだろうと高を括っているのです。しかし、事故はいつ起こるとも限りません。突然保証人の上に多額の借金が降りかかり、その重圧は本人のみならず、家族の人生にも大きな影響を与えることになるかもしれません。会社にも同じことが起こりうるのです。ある日突然、皆さんの取引先の会社に多額の債務が降りかかり、取引先はあっという間に経営難に陥ってしまうかもしれません。他の会社の借金を肩代わりするために資産を売却し、廃業に追い込まれた会社もあります。つまり、「つぶれる」原因が自らの会社にないとしても、明日はどうなってしまうかわからないのです。それだけ債務保証は、大きな危険をはらんでいると言えるでしょう。したがって、取引先や契約先の債務保証に関する情報は、出来るだけ詳細に入手しておくことが必要です。

そこで、今回はこの債務保証に関わる情報の入手について考えてみましょう。

 

1 貸借対照表と債務保証

企業会計原則注解18の最後に「発生の可能性の低い偶発事象に係る費用又は損失については、引当金を計上することができない」という記載があることは以前説明しました。さて、ここであなたが会社の会計担当者だとします。もしくは経営者でもよいでしょう。「発生の可能性が低い」とはどの程度だと、あなたは思いますか。このようなあいまいな表現で、引当金を計上するかしないかを判断できますか。誰がその発生確率を決定するのでしょうか。債務保証は偶発事象の一つですから、発生の可能性が高い場合は引当金を計上できるわけですし、その可能性が低ければ引当金は計上できないわけです。引当金を計上するということは、その会社が「あぶない」会社の債務を保証しているということを財務諸表上に明らかにすることであり、また逆に何ら債務保証損失引当金を計上しなければ、債務保証をしているという事実すら外部の人からは分からないのです。

 経営者には、常に自分の会社は安定しており実にうまくいっているように外部から見られたいという願望があります。安定しうまくいっている会社であれば、銀行から融資を受けることも、優良取引先を確保することも容易だからです。したがって、財務内容を良く見せたいという意識が働くため、偶発事象、特に偶発債務の引当金計上にはどうしても消極的になってしまい、その結果その事実が外部利害関係者には知らされないことになってしまうのです。ただし、有価証券報告書を作成している会社であれば(上場企業など大蔵大臣にその提出が義務づけられている会社)、有価証券報告書の中に財務諸表の注記として、債務保証額および保証先が(その債務発生可能性にかかわらず)記載されています。つまり、有価証券報告書を提出している会社であれば、そこにある記載を参照すれば、どの程度の債務保証をしているのかを知ることができるわけです。有価証券報告書は大きな書店や政府刊行物センターで小冊子版を購入することができますし、また証券取引所へ出向けばコピーを入手することもできます。ただし、この情報は有価証券報告書に限られ、アニュアルレポートや会社案内、中小企業における決算書などには、まずほとんど付記されていません。したがって、有価証券報告書を作成していない会社の場合には、どの程度の債務保証を行っているかは、外部の者には一切わかりません。ただし一つ言えることは、債務保証を求められる会社は、債務の肩代わりが可能な会社ですから、それなりの規模の会社であることは間違いないでしょう。つまり、規模の小さな中小企業が多額の債務保証をしているという可能性は少ないと思われます。

 

2.     注記されない保証債務

さて、有価証券報告書を大蔵大臣に提出している会社であれば、有価証券報告書に債務保証内容が記載されていると述べました。しかし、中にはそこにも記載されていない債務保証があるのです。それは、いわゆる「債務保証予約」と呼ばれるものや、「コミットメント」と呼ばれているものです。これらは、「債務保証をします」ということを保証したり約束している文書です。保証することを保証したり約束するとは、少々複雑な表現ですが、実態は債務保証をしていることと変わりはありません。金融機関も、このような文書を親会社なり関係会社に作成してもらい預かっておく(確約しておいてもらう)ことによって、いざとなった時の保険としているわけです。この文書自体には法的効力はありません。しかし、貸出先が債務不履行に陥った場合には、裁判所へ「予約」を「保証」へ切替える執行手続きを申請します。これにより、債務保証予約先に債務の履行を求めることができるようになるのです。つまり、債務保証予約(コミットメント)は、まさに債務保証そのものと何ら変わりはないのです。

 企業会計原則 や商法では、「保証債務....その他これらに準ずる債務は、注記しなければならない」としています。つまり、債務保証予約は「保証の保証」や「保証の約束」ですが、保証債務に準ずるものと解釈できるため、注記に含める必要があると思われます。しかし実際には、債務保証予約やコミットメント額まで注記に含めている会社は殆どありません。したがって、これらの額は外部者からは全く把握できないものとなってしまっているのです。残念ならが、これらについて、外部者がその情報を入手する手段はありません。無論経営者は、自らの会社がどのぐらいの債務を保証しているか、また債務保証予約をしているかについては、十分把握しているものと思います。しかし、注記されない限り外部者にはそれは一切わからないのです。

 

 知り得ない情報については、それ以上追求しようがありません。大切なことは、そのような隠れた負債を負っている可能性もあるということを、認識しておくことだと思います。では、このような隠れた負債はもう他にはないのでしょうか。まだまだ、ありそうです。では、次回は債務保証以外の隠れた負債について考えてみましょう。